かつての富士登山は、麓の町から始まっていました。北口本宮冨士浅間神社へと続く「富士みち」は、信仰や人々の営みを背負いながら、山頂へとつながる一本の道。

しかし、今では富士山は、五合目から登るもの—— いまではそれが当たり前となっています。

本記事では、今もなお息づいている山梨県大月市から富士山頂に続く江戸時代から歩かれている古道“富士みち”を起点に、ゼロ合目から山頂までを歩き通す「ZERO to FUJI」という登り方を紹介します。

それは、ただ山頂を目指すだけではない、もうひとつの富士登山のかたち。

サロモンスタッフの矢野可菜さん、富士吉田市富士山課の小沢智成さんと一緒に、富士山頂までの道のりを歩き通してきました

前編で始まりの場所、北口本宮冨士浅間神社から五合目に位置する佐藤小屋までの道のりを紹介。

夏山の暑さに苦しみながらも、道中に残されている富士講の富士山信仰に対する想いと歴史の深さをしっかりと感じた行程でした。

後編となる本編ではいよいよ富士山頂を目指します。

二日目:一歩一歩踏みしめながら、山頂へ

まだ暗いうちから二日目の行動を開始。山頂まではまだ半分。五合目はゴールではなく、「ZERO to FUJI」の通過点です。

ゼロ合目から登ってきた場合は、富士吉田ルートと合流する六合目で入山料を払う

煌々と照明が照っているのが、六合目にある富士山安全指導センター。七合目より上の山小屋の灯りが、まるで先導のよう。

ヘッドライトを点け、目指すのは富士の頂き。余計な思考は追い出され、ただ目の前の一歩に集中する。

やがて、東の空にオレンジ色が差し、浮かび上がる空と雲の境界線。まさに、光明が差す。視界がクリアになるほど、一歩一歩に込められる力が大きくなっていきます。

七合目でご来光を迎えました。

サロモンスタッフ 矢野さん:ご来光って、なんでこんなにもグッとくるんですかね。まるでDNAに刻まれているかのように日本人のなかにある風景で、心が洗われるようです。

ゴールのような感動と充足感に包まれますが、先はまだ続きます。

傾斜は徐々にきつくなり、足元はゴツゴツとした溶岩の岩場へ。息も上がり、足も重たくなってきましたが、転倒しないように一歩一歩足を運びます。

「食行身禄」が祀られている八合目の「冨士山天拝宮」に参拝

山頂への道中には、富士講の中興の祖といわれる「食行身禄(じきぎょうみろく)」が祀られている「冨士山天拝宮」や、古くから信仰の対象とされてきた神聖な巨岩「亀岩」など、富士山に根付く信仰が目に入ります。

明治末から大正時代の富士講の人々

「食行身禄」は、それまでの修行者が中心だった富士信仰を、一般庶民にも広めた人物。1733年には飢饉に苦しむ人々を救うため、断食入定し即身仏となり、江戸庶民から救世主として崇められました。

富士信仰においては白装束を着用し、金剛杖を持って「六根清浄」を唱えながら登頂を目指した
八合目過ぎにある「亀岩」。日本最高地点に鎮座する龍神が祀られた祠がある

亀岩を過ぎれば、山頂まであと少し。上がった息を整えるために立ち止まって、ふと振り返れば、これまで登ってきた道のりが背中を後押ししてくれるようです。

サロモンスタッフ 矢野さん:わたし一人でここまで来られたかどうか。当時の富士講の人々も集って登ることで、不安を和らげたり、励まし合ったりしていたのかな。あともう少し、がんばれ私の身体。

九合目から先の急な登りで、最後のひと踏ん張り。そして、久須志神社の鳥居をくぐった先が、吉田口の山頂です。

サロモンスタッフ 矢野さん:数ヶ月経って思い返すと、不思議と辛かったことは忘れていて。思い出すのは、一緒に歩いた人たちとの時間なんです。

「ZERO to FUJI」の先にあるのは、山頂へ登り切った達成感だけではありません。麓の町から歩くことでしか見えてこない富士の文化や人々の想いに触れる、もうひとつの富士登山体験なのです。

富士吉田市富士山課 小沢さん:富士吉田市では、富士みちとそこから始まる吉田口登山道を、自然と歴史の両方を感じられる道として大切にしてきました。森の美しさや苔むした景色など、麓から歩くことで初めて気づく富士山の表情があります。ゼロ合目から歩く体験を通して、登山だけでなく、街や文化も含めて富士山を楽しんでもらえたらうれしいですね。

二日目:一歩一歩踏みしめながら、山頂へ

「ZERO to FUJI」の大きな特徴は、ゼロ合目から山頂まで歩くことで、環境が連続的に大きく変化する点にあります。

市街地に近い森から始まり、樹林帯、砂礫の登山道、そして風雨や低温にさらされる高所へ。装備には、こうした幅のある環境変化に対応できる柔軟さが欠かせません。

ウェア選びで意識したいのは、「行動中」と「止まったとき」を分けて考えること。

歩いている間は汗をかき、立ち止まると一気に体が冷えます。行動中は体温調整しやすく、速乾性のあるウェアを重ねたレイヤリングを基本に、休憩や山小屋では迷わず羽織れる防寒着を用意すること。とくに富士山では、寒くなってから考えるのではなく、寒くなる前提で準備することが、低体温症などのリスクを予防するうえで重要です。

雨などの濡れへの対策も最優先事項のひとつ。五合目以降は遮るものがなく、風雨を直接受けやすくなります。上下セパレートのレインウェアなど、行動中でも着脱しやすく、確実に体を守れる装備を選びましょう。

そして、山小屋泊では「着替え」も重要な装備と言えます。

汗などで濡れたままのウェアで過ごすのではなく、しっかりと着替えることで低体温症などの体の不調を防ぎ、あたたかく快適に過ごせるのです。着替えることで、睡眠の質が向上し、富士登山の確率も上がるはずです。

足元は、長い距離と変化に富んだ路面を歩き通せる安定感と安全性が鍵となります。

シューズは、足首をサポートできるミドルカット以上の登山靴が向いています。森の道から溶岩混じりの登山道、砂礫の下りまで続くため、軽さよりも安定感とグリップ力が大事です。

また、木や草、火山岩の砂礫から肌を守るためにも、ロング丈のトレッキングパンツがおすすめです。

小物では、ゲーターがあるとシューズ内への砂利の侵入を防げて、行動中のストレスを軽減。脚の負担や下山時の転倒リスクを予防するため、トレッキングポールがあれば便利です。

富士山をどう登るか。
その選択ひとつで、見える景色も、感じる時間も変わってきます。
次に富士山を目指すなら、五合目ではなく、麓の町にあるゼロ合目から。「富士みち」を起点に、「ZERO to FUJI」をぜひ歩いてみてほしい。

原稿:大堀啓太
写真:武部努龍
協力:富士吉田市、ふじさんミュージアム、アメアスポーツジャパン(SALOMON)