
富士吉田市とアウトドア・ブランドSalomonは、2026年の登山シーズンを前にまったく新しい登山マップを制作しました。吉田口登山道と富士みちをフィーチャーしたこの地図は、富士山とその裾野に広がる富士吉田の街の魅力を多くのハイカーやトレイルランナー、ツーリストにお届けします。マップ制作の背景を、プロジェクトに携わる3名に伺います。
小沢智成(富士吉田市経済環境部富士山課)
澤栁幸司(富士吉田市教育委員会 歴史文化課)
鰐渕航(Salomon マーケティング)

富士山と富士みちの新たな魅力を広く発信する
―北口本宮冨士浅間神社の登山門から馬返しまでの中間地点にある中ノ茶屋が2026年の営業をスタートし、夏山シーズンが始まります。シーズンを見据えて作成した富士みちマップは、これまでの登山マップと何が違うのでしょう?このマップのコンセプトと、制作の背景を教えてください。
小沢 新たに制作したのは富士みちマップといいまして、吉田口登山道と富士みち(過去記事)をフィーチャーするものです。吉田口登山道は多くの登山者に利用いただいていますが、ほとんどの方が富士スバルライン五合目から上がっていきます。山麓から徒歩で山頂にアクセスできるのは、富士山頂にいたる全4ルート(吉田口、富士宮、須走、御殿場)のなかでも吉田口登山道だけ。そして、これはあまり知られていないのですが、吉田口登山道の起点となる北口本宮冨士浅間神社から五合目にいたる登山道がすばらしいんです。豊かな自然のなかに富士山信仰の史跡がひっそりと佇んでいて、五合目から山頂に登るより少ない負担で山歩きを楽しめます。このマップでは、北口本宮冨士浅間神社から五合目までの区間にフォーカスを当てるとともに、富士山にまつわる歴史や文化、伝統が息づく富士吉田市の魅力を、現代のハイカーやトレイルランナーの視点で掘り下げようと考えました。

鰐渕 富士吉田市と私たちSalomonの取り組みは昨年3月に結ばれた包括連携協定からスタートしました。富士山麓の豊かな自然と、ユネスコ世界文化遺産にも登録されている富士山にまつわる文化や伝統は唯一無二のものですが、マウンテン・ブランドであるSalomonが現代的な要素を加えた富士山の新しい魅力を世界に発信するお手伝いができるのでは、ということで包括連携協定締結の運びとなりました。昨年はこの取り組みの第一弾として、北口本宮冨士浅間神社と馬返しの中間地点にある中ノ茶屋のリニューアルを行ったんです。
小沢 中ノ茶屋は古い施設なんですが、ここにシャワーブースとロッカーを増設し、さらにSalomonのトレイルラニングとハイキングのシューズをレンタルできるコーナーも設け、現代的なアウトドア・アクティビティの拠点に生まれ変わりました。これは地元の新聞、メディアなどで盛んに取り上げられたので、市民に対するインパクトも大きかったんです。実際、ハイカーの使い勝手が向上したことで一昨年と比べると利用者が3倍に増え、大きな手応えを感じています。また、八合目の富士吉田救護所に詰めている医療スタッフの支援の一環として新しい防寒着を手掛けていただきました。スタッフのモチベーション向上につながったと聞いています。

鰐渕 富士吉田市は1978年からヨーロッパ・アルプスの最高峰であるモンブラン山麓の、シャモニー・モンブラン市と姉妹都市になっているんですよね。私たちはフランス発祥のブランドですから、親和性はしっかりと感じています。マウンテン・ブランドの立場からすると富士山は特別な存在ですし、ブランディングに関する取り組みには魅力もやりがいも感じています。
小沢 行政はどうしても情報発信に関して後手後手になりがちですから、世界的なブランドの発信力に期待しています。

なぜ富士みちをフィーチャーするのか
――江戸時代に富士講信者が歩いた富士みちを現代版に再興させる(富士吉田市)/現代でフォーカスする(Salomon)というのはおもしろい視点ですよね。これまで富士吉田市内で富士みちはどういう立場にあったのでしょう?
澤栁 富士みちという、歴史や文化、山岳信仰が息づく参詣道の存在を広くお伝えしてきましたが、いわゆるライト層には届いていなかったと思います。ストーリーはすばらしいものですから、もったいないと感じていました。これまでと切り取り方を変え、より多くの方に届けていきたい。Salomonとはそういう取り組みができると感じました。
小沢 富士山も富士山信仰も世界に誇るべき富士吉田の資源なのですが、実際には市民にその価値があまり知られていないという課題がありました。
鰐渕 これまで富士みちを歩いていた層からもう少しターゲットを広げ、山歩きを楽しむ、山にまつわるカルチャーに興味をもつ人たち全般に、富士みちという新しい価値、体験を発信していきたいと思っています。ですから、まずは富士吉田に足を運びたくなる施策を仕掛けていく。中ノ茶屋リニューアルはその一環ですね。そして、富士みちの良さは実際に歩いてもらうのがいちばんですから、今年は富士みちを歩くツアーの催行などソフト面の充実を計画しています。

――マウンテン・ブランドとして山の歴史や文化をこれだけ深掘りするコンテンツを作るケースは少ないのではないでしょうか?
鰐渕 そうですね。いますぐ使える情報として、山小屋だったり新しい登山道の整備だったりというストーリーの紹介が多いと思います。私たちも歴史や文化を深掘りするのは初めてですから、富士山の知られざる一面を発信するおもしろさややりがいと同時に、一介のブランドがこれだけの歴史や文化を扱っていいのだろうかという葛藤も感じています。信仰が絡んでくればなおさらです。ですから、扱う情報の内容や表現に関してはいつも以上に慎重に精査しています。
澤栁 やはり山岳信仰というとハードルが高くなりがち。でも富士みちを次世代に継承していくためにはたくさんの方に知ってもらう必要があり、そのためにはライト層にも届くわかりやすい発信が必要です。御師宿坊を営んでいらっしゃる方々もそのように感じているようです。


富士みちを資源として活用し、次世代に継承する
――この取り組みでは富士みちや吉田口登山道にまつわる文化や歴史を、富士吉田市ならではの資源として活用しようとしています。文化財・史跡を守りながら活用していくために必要なことはなんだと思いますか?
澤栁 吉田口登山道沿いにある史跡や文化財のなかには荒廃して倒壊寸前の状態にあるものも少なくありません。ところが、権利関係が複雑に入り組んでいる場所であるため、どこから手をつければいいのかわからないという状況が続いていました。富士吉田市では令和6年度末に吉田口登山道保存と活用のための活動計画を策定しましたが、その計画を推進していくタイミングで包括連携協定が結ばれました。従来、文化財は保護するものと考えられていましたが、近年、地域資源として積極的に活用して歴史的価値を維持していこうという機運が高まっていることもあり、この協定を契機のひとつとして史跡をたくさんの人に知ってもらおう、見にきてもらおう、そのための環境整備を、Salomonとともに行っていこう――となったわけです。
鰐渕 保護するだけならそんなに難しくないと思うんですよ、現状を維持するための施策以外は多くを求められないと思いますから。でも本当にそれでいいのでしょうか。文化財や史跡の価値を、広く世界に知ってもらうことも必要ではないでしょうか。私たちは部外者ではありますが、第三者だからこそのフラットな視点をもっています。富士みちというコンテンツが備える魅力や可能性を広く伝える施策やコンテンツを、関係者や周囲の反応を見ながら繰り出しているところです。
小沢 地元の人にとっても、自分たちがよく知っている文化財や史跡が世界的な注目を集めたら、その価値を再認識することができるのではないでしょうか。


――この取り組みも2年目を迎えます。今年はどんな思いをもって、どんな活動を予定していますか?
澤柳 登山道の活動計画でいうと、今年は一合目や三合目にあった倒壊した建物の部材を下ろし、景観の整備を行い、一合目については埋蔵物の学術調査も行う予定です。今後、大切なのは継続性だと思っています。過去に登山道の整備計画を市で作成しましたが、継続することができず頓挫してしまった経緯がありました。そのことからもさまざまな関係者が連携し、登山道における活動を継続していくための体制づくりをしっかり行っていきたいと考えています。
鰐渕 歴史的価値をレクリエーションのひとつとして楽しめるようなコンテンツがいいですね。「学びに行く」というと重くなってしまいますから、カジュアルに歩きながら歴史的・文化的な気づきや学びを見出していただきたい。そのために視覚的、感覚的な「楽しい、おもしろい」を発信していきたい。個人的には、オーバーツーリズムやそれに伴うごみ問題など、富士山にまつわる課題解決にもともに取り組み、よりよい富士山をつくるお手伝いができたらと思っています。
澤栁 馬返しから五合目までを利用するのは歴史好きの中高年ハイカー、富士登山競走に出場するランナーやトレイルランナーが多いのですが、走ってしまうと見過ごしてしまう史跡や文化財にもぜひ注目していただければと思います。そしてもう一つ、吉田口登山道を取り巻く美しい自然も楽しんでいただきたいです。五合目より上には森林限界の荒涼とした風景が広がっていますが、五合目までは富士山の偉大な自然が作り出した環境を楽しめます。そういった環境の変化にも目を向けていただければ。
小沢 今年はSalomonによるハイキングツアーも催行予定ですし、“富士山”にフィーチャーした商品も発売予定となります。こうした取り組みをきっかけに、これまで富士みちを知らなかったという方に興味をもっていただけたらうれしいです。
※ このインタビューは2026年3月に行われたものです。掲載写真内の地図は制作過程のものを使用しているため、一部内容が異なる場合があります。

