もっと山を知りたい
2023年8月1日から丸々1ヶ月、フランスのシャモニーとスイスのツェルマットに遠征というか旅というか….に行ってきました!この旅を計画したのはちょうど1年前。目標レースに向けてトレーニングをしては故障を繰り返してという時期でした。DNSが続くうちにレースに対してのモチベーションもなくなっていき、モヤモヤが大きくなっていました。その正体はレースと山遊びのバランスをどう取るのかという葛藤でした。
バラエティーに富んだ高山に魅了されて白馬に移り住んできたのにレースに向けたトレーニングとなるとロード、峠走、知り尽くしたルートでのタイムアタックなどばかり。山の経験値が上がっていかないことにもどかしさを感じていました。しかし、好きなように山遊びしてるだけではもちろんレースで勝てないこともわかっています。そこで2023年の計画をこのように立てました。
1. 富士登山競走までは山遊びは我慢して1番効率の良い練習に集中する。
2. 8月は1ヶ月ヨーロッパで好きなだけ山を登る。
富士登山競争の結果は9位となんとかトップ10には入れたものの自分としては悔しさが残るレースとなりました。また来年リベンジします。それはそうと、ついに待ちに待った夏休み。僕が現在働いている白馬インターナショナルスクールの夏休み期間を利用して旅に出ることができました。
1年ぶりのシャモニー
まずはUTMBでお馴染みの街シャモニーに到着。昨年はMarathon du Mont-Blanc(モンブランマラソン)に出場するためにきましたが今回の目的はヨーロッパアルプス最高峰のMont Blanc(モンブラン)登頂です。標高は4,808m(以前は4,810mだったが温暖化の影響で徐々に低くなっているそう)。フランス側からMont Blancに登るルートは主に2つあります。1つはシャモニーの街から巨大ゴンドラでエギーユ・デュ・ミディ展望台にいき、そこから三山を縦走していくルート。もう1つは隣町のレズーシュからひたすら登り続けてグーテ小屋を経由するルート。自分は比較的、難易度が低いと言われているグーテルートで登りました。一般ルートと言われているものの激しい天候の変化、落石、クレバス、ナイフリッジなどのリスクがあり決して簡単なルートではありません。特に近年は温暖化の影響も受けて落石のリスクが高まっているので事前の情報収集を入念に行いました。
1回目のチャレンジは強風で撤退
8月4日深夜。シャモニーからレズーシュに向かう最終バスに乗りました。天気は大雨。ただ予報では4,000m〜山頂付近は朝にかけて晴れて風も弱まる予報。そのタイミングを狙って日付の変わるころに麓の街をスタートしました。今回はキャンプサイトで出会った日本人と一緒にスタート。1人だったら雨のナイトハイクは心細かっただろうなと思うと出会いに感謝です。
5時間かけて1つ目のポイントであるテートルース小屋に到着。ここからは標高差600mほどの岩と雪のミックスをよじ登ります。そしてグーテルート上で一番危険と言われる箇所、グラン・クーロワール、別名「死の回廊」を通過します。ゴロゴロと落石が絶えない斜面をトラバースするポイントなのですが、幸いにもここ数日は気温が低かったのと前日の雪もあり比較的落ち着いている状況でした。
グーテ小屋まで到達すると景色が一変。一面の真っ白の大斜面を風がゴーゴーと音を立てて吹き荒れていました。その斜面の遠くに小さく登っている人の姿が見えます。先行者のトレースを辿って無心で登りました。1つ目の大斜面をクリアするとついにラスボスが登場。ここまで登ってきてようやく山頂を目にすることができます。標高4,350m付近に最後の避難小屋があり、その先はリッジをひたすらに直登して山頂に到達します。が、避難小屋に着いたあたりで爆風に見舞われ一旦小屋に避難します。中にはイタリア人パーティが何組かおり、みんな風が弱まるのを待っているようでした。30分ほど待機したものの風は収まる気配もなく他のパーティもみんな下山するというので自分もここで引き返す決断をしました。残念ですが時間は十分にあるので焦っても仕方なし。あまり気落ちすることもなく次のチャレンジに向けてまた天気予報と睨めっこを開始しました。
2回目のチャレンジで登頂
撤退から2日後、天気予報が最高のコンディションになると言うので再度アタック。前回の経験からいらない物を減らしてさらに軽量化。よりスピード重視で挑戦しました。避難小屋までは問題なく良いペースで登れたので割愛します。 朝日が登ってきて快晴かと思ったらすぐに怪しい雲が立ち込めてきました。風も徐々に強くなりまるでディメンターが出てきそうな雰囲気です。早く山頂に立って帰ってこようとペースを上げてガツガツ登りました。
さすがに4,000m後半は苦しさを感じましたがピッケルとアイゼンを交互に雪に刺す感覚が気持ちよく淡々と登ることができました。1時間ほどでついに山頂に到着。これまでの道のりに比べると意外にも山頂はのっぺりとしており、なおかつ視界が悪かったため本当に頂上なのか不安でした。手元のSUUNTOウォッチで標高を確認して登頂を確信。数枚だけ写真をとってすぐに下山を開始しました。強風とホワイトアウトで登頂の余韻に浸る暇はまったくありませんでした。
避難小屋まで来るとほっと一息。中で補給食を食べながら気づいたら10分ほど寝ていました。しかしここからの下山もまだ気が抜けません。視界不良で見誤ってクレバスに落ちてしまわないようにGPS機能を利用して自分が通ってきた道を正確に辿りました。その後はガンガンに走って下りお昼過ぎにシャモニーに帰還。今日は贅沢にモンブランビール飲んでいいでしょ!街のベンチからビール片手にさっきまでいたモンブランを眺めて余韻に浸りました。
オートルートはスキップ
Mont Blanc登頂後、当初の計画ではシャモニーとツェルマットをつなぐオートルートという180kmのロングトレイルを歩いて移動する予定でした。オートルートでいちばん楽しみにしていたのが雄大な景色の中で星空を見ながらテントで寝ることでした。しかし、ルート上でのワイルドキャンプが今年から禁止になっていたのです。理由はオーバーツーリズム解消のため。そこで山小屋を予約しないといけなくなったのですが当然すでにどこも満室。そもそもこれまで節約を心がけていたのに山小屋に何泊もするのは気が引けたので仕方なくオートルートは諦めて鉄道で一気に移動することにしました。
世界一のバーティカルコース
途中、マルティニーという街で1泊し世界一斜度がきついバーティカルコースにチャレンジしました。歴代の名だたるトレイルランナーや山岳スキーの選手が記録を塗り替えてきたコースで言わばバーティカルの聖地です。距離2.0kmで標高差1,000m とまさに壁のようなコース。果たしてどんなサーフェスかと思って行ったらまさかの無限階段地獄でした。ぶどう畑の中を真っ直ぐ天に向かって突っきるトロッコ線路。一目でわかりました…これはキツイやつだ。モンブラン登山の翌日だったので身体は疲れていましたがせっかくの機会なので鞭打ってタイムアタックしました。5分前にスタートした地元の高校生2人を何とかゴール手前で抜かしましたが歴代のトップ選手達との差をまじまじと感じさせられました。登りをもっと強化して挑戦しにいきたいです。それにしてもこんな鬼コースで日常的にトレーニングしている高校生…恐るべし。
ツェルマットに到着するも…
8月11日、ツェルマットに到着。駅のすぐ近くにキャンプサイトがあったのでそこでテントを張りました。夜になると体が急にだるくなり高熱にうなされて翌朝を迎えました。翌日も1日中、熱とだるさで動けずテントで寝るばかり。日が出るとテントの中はサウナ状態になるので何とか這いつくばるようにテントから出て木の陰でぐったりしていました。幸いにも熱は2日で収まったもののその後1週間以上、倦怠感と極度の体力低下で山にも行けずトレーニングもろくにできずともどかしい時期を過ごしました。症状的におそらくコロナだったのだと思います。
Matterhorn Ultraks
高熱後の後遺症に悩まされながらも徐々に体力は回復し、旅も終盤を迎えることになります。旅の締めくくりはツェルマットで開催されるMatterhorn Ultraks(マッターホルンウルトラクス)。マッターホルンを横目に美しいトレイルを走り抜けるスイスアルプスならではの大会です。いくつかカテゴリーがありますが僕が出場したのはEXTREME。このカテゴリーはスカイランニングのワールドシリーズの1戦に指定されており、年間13あるシリーズの中でもトップクラスでテクニカルなコースとして知られています。距離は25km、累積標高差は2,850mと激しいアップダウンが特徴のレースです。特に下りは走るというより岩とともに滑り落ちるという表現が正しいかもしれません。登山道ではないところにレース時だけロープが張られガレガレの岩場を下ります。ダウンヒルは自信がありますが試走してみて久しぶりにビビりました。
トップ10まであと一歩
朝8時にレーススタート。いきなり標高差1,600mをひたすら登ります。まだ体調が完全に回復していなかったのかスタート直後はかなり息苦しかったです。斜度的に4km地点までは走れると計算していたのですが、早々に息が上がってしまいパワーハイクに切り替えることに。1つ目の登りが終わるあたりでパッとうしろを振り向くと女子トップの選手がすぐうしろまで迫って来ており、かなり焦りました。そして試走でビビりまくった激下りゾーンに突入。ロープを掴んだり、転んで手をついたときのためにグローブをつけようと思っていましたが前の選手との差を数秒でも縮めるためそのままドロップイン。後傾にならないこと、10m先の足場をしっかり見ることを意識して全集中で下りました。この下りでアドレナリンが大量放出されたのかここからエンジン全開。標高は3,000mを超えていますが苦しさを感じないどころか、むしろ気持ち良くなってきました。
2登目でガンガン走ることができ、数人を抜いてエイドステーションに到着。気候のおかげもあり脱水もガス欠もなし。その後、4kmほどガレ場をトラバースするエリアが思ったより手こずりました。顔をあげて100m先にある次のマーキングを確認しつつも足元の尖った岩をピョンピョンと飛んでいかないといけません。そしてここも登山道ではないためマーキングはついてるもののほぼフリールート。直線的に進むのか安定した足場を見つけて迂回していくのか判断力が問われます。海外選手のサーフェスに対する対応力の高さを見せつけられました。一歩外したら脛を強打か顔面をぶつけるんじゃないかと思うようなところをピョンピョン飛んでいくのです。ここでまた順位を2つ落としてしまったもののその後の3回目の登りとゴールまでの標高差1,700mの長い下りでまた順位を上げ、3時間47分の総合12位でゴールしました。トップ10まであと7分…次こそは!
夢のような1か月
1ヶ月もの間、自分の本当に好きなことだけに没頭できる毎日は夢のようでした。また、日本での普段の生活がどれだけ快適なものか実感することができました。ふかふかのベット、お風呂、ご飯、車や電車などの交通網、あげたらキリがありませんが、とにかく文明の力にあっぱれです。一方で色々と足りない生活というのもまた幸せだったなと振り返っています。日の出とともに起きて山を走り、ちっちゃいナイフとバーナーで自炊して、洗濯は全て手洗い、日中は外でじっくりストレッチ。できることが限られる分、自然と自分の身体を労わる時間が増えました。おかげでこれだけ走ったり登山したのにも関わらず故障なしで帰ってくることができました。このフレッシュな気持ちを忘れず、引き続き山遊びとトレーニングに全力投球していきたいと思います。さあ来年はどこに行こうかな。
上正原 真人 / Masato Kamishohara
・Salomonアスリート
年齢:26歳
出身:群馬
居住:長野県白馬村
スカイランニング現日本代表。
大学卒業後、雄大な後立山連峰に惹かれて長野県白馬村に移住しました。
夏山、冬山、縦走登山、山岳スキーなど一年を通して山でトレーニングをしています。中でも麓から山頂までの最速タイムを狙うFKT(Fastest Known Time)が自分にとって一番魅力的なスタイルです(白馬岳最速記録保持)。
職場の白馬インターナショナルスクールでは生徒と登山やランニングを行いつつ、夏休みなどを利用して海外レースにも挑戦しています。また2021年に立ち上げたジュニアトレランチーム Mountain Addictsでは小中高生を中心に次世代の育成にも注力しています。